「水に肩まで沈んで、命の合図を聞く」

シンガポールは、外を歩いているだけで肌が湿る街である。
空気がもう、ぬるい。
マンゴーが熟れていきそうな湿度の中を歩かずGrabで到着。

常夏の国に「アイスバス・クラブ」という名前の施設があると仲間から聞き、それは冷たいに決まってるだろ、と胸が躍った。

タンジョン・カトン通りで扉を開ける。
中はいきなり、ノリノリのテンションだった。

受付を済ませてcoolな更衣室を抜けると浴室へ。
11度の7度で水風呂が3つ並んでいる。
日本のサウナ界で「シングル」と崇められる10度未満の水風呂が、ここではドリンクのサイズみたいに、ふつうにあるのである。
シングル、トール、グランデ、みたいな顔で。

意を決して7度に肩まで沈んだ瞬間、私は自分の心臓を思い出した。
ドン、ドン、と内側から殴ってくる。
膝から腰から胸から、命の管理権が一瞬、自分の手を離れる。冷たい、という感覚を人生で一番ちゃんと味わっている。
これがいわゆる、命の合図、というやつか。
生きてるってこういうことだったか、と妙に納得してしまう。

横を見ると、現地の欧米人が、ふつうの顔で同じ7度に入っている。
上がるなりApple Watchを覗き込んで頷いている人もいた。
女性も多い。みんなプロテインを飲んで、仲間と笑っている。
水に入って、笑える。

文化として根付くと、こういう顔になるのか、と思った。
私はサウナの260本以上のエッセイを書いてきた。
つまり「整い」の現場でずっと生きてきた人間である。

だから断言できるが、日本のサウナには別の宝物がある。整い椅子の絶妙な角度、ロウリュの儀式、湿度のひとつまで愛するような静けさへの作法。あの空気は、世界中どこを探しても、たぶん日本にしかない。

シンガポールの彼らから、私がそっと盗みたかったのは、軽やかさだった。
日本ではシングルの水風呂は「あの店だけ」「マニアの聖地」みたいな扱いを受ける。私もずっと、ありがたがってきた人間だ。
でも彼らは、7度を朝のコーヒーくらいの顔で飲み干していく。
「特別」を「日常」に降ろす、その腕力。
これが、ちょっと羨ましかった。

施設併設のカフェに移って、プロテインシェイクを飲みながら、ふと、日本のサウナ上がりに飲むキンキンの瓶牛乳を思い出した。
私はあれを、本気で世界遺産級だと思っている。
違う本質ではあるが、本質である。
旅って、つくづくいいな、と思う。海の向こうで氷水に浸かりながら、日本の整い椅子のあたたかさを、思い出している自分に気づく。

なんなんだろうな、この感覚。
我ながら、なかなか悪くない時間の使い方である。
10セット堪能しながらそう思った。

ペンネーム:湯気文吾(宮崎直哉)さんのThe Ice Bath Club East Coastのサ活写真
ペンネーム:湯気文吾(宮崎直哉)さんのThe Ice Bath Club East Coastのサ活写真
ペンネーム:湯気文吾(宮崎直哉)さんのThe Ice Bath Club East Coastのサ活写真
ペンネーム:湯気文吾(宮崎直哉)さんのThe Ice Bath Club East Coastのサ活写真
ペンネーム:湯気文吾(宮崎直哉)さんのThe Ice Bath Club East Coastのサ活写真
0
9

このサ活が気に入ったらトントゥをおくってみよう

トントゥをおくる

トントゥとは?

ログインするといいねや
コメントすることができます

すでに会員の方はこちら

サウナグッズ

アプリでサウナ探しが
もっと便利に!

サウナマップ、営業中サウナの検索など、
アプリ限定の機能が盛りだくさん!