千代乃湯
銭湯 - 東京都 三鷹市
銭湯 - 東京都 三鷹市
サウ後日記③
九月五日 曇天
三鷹の下町を抜け、古びた暖簾をくぐると、そこに立つ布袋様が、風呂上がりのように微笑み
時が止まったかのような空間が広がる。
千代乃湯である。木の香りが立ち込め、浅い灯りが壁に反射する。
券売機で入場券を買う。レンタルタオルは非ず、タオル、バスタオルを購入する形式である。
千代乃湯にゐた証を思ひ出として持ち帰れるのも
言葉に尽くせぬほどの温かい喜びで胸が満たされる。
浴場に向かう渡り廊下にレトロ調の装飾が飾られて
いて
わたくしの中の無垢な少年の躍動が魂を震わせる。
男湯の暖簾をくぐり更衣室いや、「支度場」に入る
支度を終え、裸で立つ私は、少年のような無垢と大人の覚醒が交錯する境地にある。
浴場の扉を開き、まず體を清める。
他の入浴者に対する敬意を示すためにも、必ず体を流すこと。これは浴場における暗黙の礼法であり、浴場の秩序と美を守る行為である。
熱の庵の扉を前に勾玉の様形の鍵を掛けて引きあげる。
世界の輪郭が一瞬、鮮明に立ち上がる
確かに古びた暖簾をくぐった、レトロな装飾が脳裏に流れる。
木は丹念に磨かれ、光を帯びて微かに香る。熱気の中にあって、その整然とした美しさは、静かな荘厳を放つ
まるで異界に足を踏み入れたかのような感覚に包まれた。
千代乃湯の熱の庵はコンフォートサウナで 湿度高く発汗良い。
テレビ画面の光が室内に揺らめき、時の流れは静かに體とは裏腹に凍ったかのように感じられる。
時間が刻々と刻まれたのちに
體も汗を吹き出し皮膚の至る所で血気が上がる
熱気に身を晒し、汗を滴らせるごとに、冷水への欲求は鋭く尖ってゆく。
扉の向こうに待つ冷気が、まるで救済の神の手のように思え、私は全身を投げ出すようにして脱出する。
洗い場のシャワーで體を清め、冷水を受け入れる支度を整える。
息を潜め、ゆっくりと確かに、そして覚悟をもって水風呂に入る。熱と冷の交錯の中、己の存在が鮮烈に意識される。
温度は22℃と優しく、柔な冷水が體を包み込む様で水の毛布をかける様な感覚であった。
天然名水の看板あり。先代が手掘りで掘り出した天然地下水を掛け流しで使っていると聞く。
水風呂を出る、歩みが本能的に露天風呂の方に寄る
露天風呂への扉を押し開けた。
視界が一瞬拡張され、世界の輪郭が鮮烈に立ち上がる。
細い橋が水面に架かり、月光がその影を映して揺れる。
水面の波紋とともに鯉は泳ぎ、熱にほてった身体と冷たい風の感覚を一瞬忘れさせ、精神だけが鮮烈に目覚める。
こうして私は裸で、湯と月光と、そして己の存在と向き合ったのである。
コメントすることができます
すでに会員の方はこちら