サウナと哲学

2026.01.18

7回目の訪問

横浜青葉温泉 喜楽里。
暖簾をくぐれば、そこには現代の「救済」を求める群衆の姿があった。ハイデガーは、人間を「世界内存在」と説いたが、ここにあるのは癒やしという名の安息を渇望する、剥き出しの生の実存である。
サウナ室は相変わらずの「熱」という名の暴力的なまでの慈愛に満ちていた。しかし、押し寄せる人の波が、思考の純粋な孤独を許してはくれない。サルトルが「他者は地獄である」と喝破したように、混雑というノイズが精神の静寂をわずかに揺らす。
結局、今日は「完全なる整い」というイデアに到達することは叶わなかった。しかし、それでいい。未完であるからこそ、次の渇望が生まれる。久々に肌を焼く熱気、四肢に巡る血液の脈動。その感覚だけで、私は今、ここに「在る」ことを再確認できた。
サウナ上がり、一風堂監修の鍋という甘美な誘惑が視界をよぎる。この食欲への意志は、次回の愉しみとして残しておこう。

  • サウナ温度 90℃
0
18

このサ活が気に入ったらトントゥをおくってみよう

トントゥをおくる

トントゥとは?

ログインするといいねや
コメントすることができます

すでに会員の方はこちら

サウナグッズ

アプリでサウナ探しが
もっと便利に!

サウナマップ、営業中サウナの検索など、
アプリ限定の機能が盛りだくさん!