乱丸

2025.06.04

8回目の訪問

牛タン三国志

先週、会社の方と宮城の名産の話をしました。
生粋の梨っ子は宮城は縁遠く話が盛上がりました。
今回は牛タンの歴史について語りたいと思います。

牛タン焼きの発祥は戦後、進駐軍が捨てていたものをおいしく食べられるようにと
太助の主人が発明しました。
その頃の名残で麦飯に味噌を使わないテールスープが付け合わせになります。

牛タンが一躍有名になったのは東北新幹線の開通でした。
それまで仙台のお土産と言えば笹かまぼこでしたが
高い、要冷蔵で足が早いそして華がない。
お土産として喜ばれるものではありませんでした。
同様に萩の月ずんだ餅も全国区になりました。
40年前には牛タンは仙台でもあまり一般的ではなく35年前でも仙台駅ビル内に牛タン屋は2件程度しかありませんでした。

一躍仙台のお土産の定番になった牛タンにも狂牛病という危機が訪れます。
牛タンの材料のほとんどはアメリカ産で
材料不足で値段も上がり閉店する店が続出しました。
そんな中沢山のお店が薄く提供している中、利休は「厚みを守るために枚数を減らします」と宣言しました。
これが好評で利休は一番のお店になりました。
当時、利休は今ほど有名な店ではなく裏路地にあるような店でした。(旧八乙女店は地元民でもわからないところにありました。)
狂牛病後吉野家程度の大きさの店舗に大型観光バスが駐車しているのは異常な光景でした。
現在利休はスカイツリーにも店舗があります。

コロナ過で新しい動きが出来ました。
陣中の牛タン弁当です。
昔からありましたがコロナ過でテイクアウトが注目され一躍有名になりました。
ランチでも2000円を超える定食が1000円くらいで購入できます。
地元民に縁遠くなった牛タンが手軽に食べられるようになりました。
地元還元謳っている企業なので震災の時は500円で牛タン弁当を提供しておりましたが
あまりにも安いので怖くて買えませんでした。

牛タンの歴史は戦後の食糧難、狂牛病、コロナとピンチからの成功タンになります。
自分も見習いたいものです。

最後に仙台で牛タンを食べるときは南蛮味噌をお勧めします。
青唐辛子の味噌漬けでそれだけでも酒の肴、ごはんのお供になります。
昔は無料で提供されていたのでこれで酒を飲んでいたこともありました。
昔は小分けで買えませんでしたが、今は一袋300円でお土産物屋にもおいております。

次回は仙台銘菓について語らせていただきたいと思います。

炭焼牛たん おやま

牛タン定食

35年前父の友人が脱サラをして始めました。 5年間いっていないので写真はありません

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