松本湯
銭湯 - 東京都 中野区
銭湯 - 東京都 中野区
森見調 by ChatGPT
初松本湯。
ピングーが銭湯を占拠していると聞き、休日という名の有限資源を携えて赴いた。
人気銭湯であるから、すんなり入れる未来など存在しない。番号札を渡され、待つこと三十分。私は文明社会の一構成員として、粛々と入湯の許可を待った。
館内は清潔で、壁にも脱衣所にもピングーがいる。浴場の大画面にもピングーが現れる。私は銭湯へ来たのか、南極の文化施設へ迷い込んだのか、一瞬わからなくなった。
もっとも、今回の真の主役はオルビスである。洗い場にはオルビス社製のシャンプーとコンディショナーが堂々と鎮座していた。
使ってみれば、仄かな木の香りが頭髪を包む。高級シャンプーとは恐ろしい。人格にも財産にも何ら変化はないのに、髪から上品な香りが立ちのぼるだけで、にわかにハイソサエティの末席へ連なる者となった気分にさせる。
幾分ハイソになった頭髪を携え、サウナへ。
三段目に座る。温度は極端に高くなく、湿度はやや高め。オートロウリュも天地を揺るがす灼熱の儀式ではなく、水が控えめに注がれる程度である。
率直に言えば、第一印象は「普通だな」であった。
有名施設である以上、壁の裏から熱波師が現れるとか、天井が割れて蒸気の龍が降臨するとか、何かしら尋常ならざる仕掛けを期待していたが、そのような事態は起こらない。
七分後、水深百五十センチの水風呂へ。頭の先を除く全身が平等に冷やされる。人間は普段、自分が縦に長い生物であることを忘れているが、深い水風呂はその事実を思い出させる。体感十五度ほどで、三十秒ほど浸かった。
休憩椅子は少ない。人気銭湯における椅子とは、砂漠の水場に等しい。存在していることと、利用できることは別問題である。私は浴場と脱衣所を見回し、空席を発見次第滑り込むという作戦を採用した。
一セット目は脱衣所の椅子。扇風機の風を受けながら座る。
ここまでを振り返れば、サウナも水風呂も休憩場所も、突出しているようには思えなかった。
ところが、身体は私の評価を一顧だにしなかった。
異様なほど、ととのったのである。
余韻が長い。三セット目には完全に世界との交渉を打ち切っていた。仕事も予定も責任も遠い国の出来事となり、残ったのは扇風機の風と、ぼんやりした意識と、ハイソな香りをまとう頭髪だけであった。
なぜ、これほどととのうのか。
設備の一つ一つは普通に見える。だが、その普通が巧妙に噛み合うことで、普通ではない結果を生む。
松本湯の人気には、きっとそういう説明しづらい理由があるのだろう。
混雑を差し引いても、良いサウナ体験だった。
次は平日に来たい。
人類の活動がやや鈍る時間帯に。
まことに良い店であった。 どの料理も美味しく、一皿ごとに料理人の愉快な企みが感じられた。
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