寺島浴場
銭湯 - 東京都 墨田区
銭湯 - 東京都 墨田区
サウ後日記⑨
ハシゴ旅
晴天
東京は墨田区東向島、寺島浴場
いつの事であったか、私には思ゐ出せぬ。
東向島の路地を吹き抜ける風が、どこか秋風を含んだような冷たさを帯びており、
小生はその風に背中を押されるまま、
平凡なる一軒のビルに足並みを揃える
コンクリートの外壁は少しばかり煤け、看板の灯りは切れ、「寺島浴場」と書かれている。
何の色気もなく、小洒落た改修の痕跡すらない
気取らぬ建物というものが、都内にまだ存在するとは驚きである。
入口の自動ドアをくぐるやいなや
私は一人の主人と対峙した。
ここでの作法、ルールを鋭い眼光で説明を受ける。
小生、言葉にならない返事とただただ頷いた。
サウナに入ると申し出した。
主人は私の手首を掴み、ひとつの黄色の輪をはめた
出陣を命じられた兵士に与えられる招集令状のごとき重みを持っていた。
支度場で己に向き合う為の、人間の本来の姿になる。
體を清めた後にいざ、熱の庵に身を投じる。
天井は低く、壁は近い。その圧迫感。
四人ほどでぎゅうぎゅうと人間の肉体で満たされていた。肩と肩、肩と灼熱の壁が触れる勢いである。
サウナの仕様は驚きの温度130度あり、
フィンランド製のMISAストーブを使用したセルフロウリュ式サウナである。
室内に香油水とラドルがあり、
サウナストーンに香油水をかける前に回りに許可を得る、15分間間隔を空けること!
主人の言葉が脳裏に鮮明に呼び戻される。
諸兄である白濁パラッソス氏
肩幅は単なる寸法を超えている、まるで世界の重みを受け止めるために設計されたかのように、鎧のごとき骨格と筋肉が広がるが
悲しいかな、その肩幅の為に灼熱の壁に一瞬、肩が触れる。
肌は一部腫れ上がり、薄い膜に守られた水膨れが、光を受けて不気味に透ける。
その姿を目にした瞬間、胸の奥に静かな痛みが走った
この光景だけで熱の庵の熱さが伝わるだろう、これこそが、熱と蒸気の無言の教えである。
焼石からの香油水の蒸気が背中を出口に押し出す。
體を清め、體が冷水を激しく欲する。
地下水を掛け流しで使っている。12℃の冷たさで
體の表面から骨の髄までもが一瞬で硬直し、呼吸は震え、指先は己の存在を抗議するかのようにこわばる。
水風呂を出て半露天風呂の扉を開く、
30℃のぬる湯が魂が清められ、瞬間ごとに存在の深淵と接触する快楽である。
不感の湯、そこでは感覚の喪失が、かえって生命の証明となる。
寺島浴場を背に向け、夜が明ける墨田区東向島の街へと戻る心は静かに澄んでいる。
そうして次の湯屋に赴く。
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