大宇陀温泉あきののゆ
温浴施設 - 奈良県 宇陀市
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「サウナ最高かよ」第10話 静寂の円筒(バレル)
打ち合わせを終えた開放感よりも、胸の奥に澱(おり)のように溜まった「仕事の停滞感」の方が重かった。
私は逃げるように、大自然の懐に抱かれたその湯へと向かった。隠れた名湯。その響きは甘美だが、今の私には、現実から自分を隠してくれる場所が必要だっただけかもしれない。
夕刻。浴場は、長い歳月を重ねた「人生の先輩たち」の話し声で賑わっていた。しかし、目当てのバレルサウナに足を踏み入れると、そこには濃密な沈黙が支配する別世界が広がっていた。
「貸切か……」
私は呟き、柄杓を手に取った。熱せられた石に水を落とすと、鋭い蒸気の音が円形の壁を伝って私を包み込む。セルフロウリュ。自らの手で湿度を操り、追い詰められた精神をさらに熱気で追い詰めていく。
流れる汗は、今日一日の迷いそのもののようだった。
なぜ、仕事がうまくいかないのか。どこで掛け違えたのか。答えの出ない問いが、熱気の中で蒸発しては消えていく。
境界線上の休息
水風呂への導線は、お世辞にも良いとは言えない。不便だ。だが、今の私にはその不自由ささえも心地よかった。
特筆すべきは、その先に待っていた**「外気浴」**という名の儀式だ。
空は 突き抜けるような冬の青。
光は季節を勘違いさせるほど柔らかな、春を予感させる陽光。
風は頬をなでる、刺すような冬の冷気。
椅子に深く身を沈めると、外界と自分の境界が曖昧になっていくのがわかった。
研ぎ澄まされた孤独
二セット目。再び訪れた完全な孤独の中で、私は五感が異常なほど鋭敏になっていることに気づく。
一滴の汗が額から頬を伝い、顎の先から床へと落ちる。そのかすかな感触さえ、スローモーションのように感じられた。
「整う」という言葉で片付けるには、あまりに切実な再生だった。
冷たい風が、火照った皮膚を鎮めていく。
悩みは消えていない。現実は何も変わっていない。
だが、この冷徹な冬の空気と、確かな熱を帯びた自分の身体があれば、まだ戦える。
サウナ室を出る時、私は先ほどよりも少しだけ、前を向いていた。
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