サウナー・クラークソン

2026.07.03

1回目の訪問

お店の人向けに3行だけまずは書いておこう。
・総合的には満足
・熱波サービスが熱く無い為無駄
・熱波師を呼ぶ意味がない、この程度の中途半端な温度でアウフグースを求めるなら近隣の湯屋・サーモンへ行ったほうがいいだろう、これはサウナーと熱波師への冒涜である。

ではここからは私の個人的な恨みつらみを書いてゆく、では行こう。

熱波サービスなどというものを求める人間は、常識という高速道路を途中で降りてしまった希少生物だ。狭く、暗く、100度近い箱の中へ、自ら進んで入り、汗まみれの大男たちが「もっと熱くしてください」と懇願する。その光景は健康法というより、ローマ時代の拷問に中毒性を加えた新興宗教である。

だが、あの部屋で最も苦しんでいるのは、ベンチに座って悦に浸る客ではない。熱風を送り続ける熱波師だ。

客はただ座っているだけで英雄気取りになれる。しかし熱波師は違う。タオルを一振りするたび、自分自身に灼熱の熱風が容赦なく跳ね返る。まるでジェットエンジンの排気口の前でバレエを踊るようなものだ。巨大なタオルを何十回も振れば肩は悲鳴を上げ、腰は退職届を書き始める。その仕事は扇ぐだけでは終わらない。常連客との会話、浴室の清掃、イベントの準備、そして「次はどんな熱波なら喜んでもらえるか」と頭を悩ませる。毎日、新しいショーを考え続ける。下手なテレビ番組のプロデューサーより創造力を要求される仕事だ。

だからこそ、唯一無二の熱波サービスを提供しようという人間がいるなら、店は最大限協力するのが当然である。普通の施設なら「もっと蒸気を出そう」「もっと迫力を出そう」と考える。今や温浴施設はサウナ戦争の真っ只中だ。110度近いサウナ室、氷河期から切り取ってきたような一桁台の水風呂、巨大オートロウリュ。どこも客を奪い合うために、まるでドイツの自動車メーカーが馬力競争をしていた頃のような狂気を競い合っている。

ところが、手稲温泉ほのかは、その流れに真正面から逆走した。

せっかく新しいサウナストーブを導入したというのに、その直後に「蒸気が出すぎるから」と蓋を載せ、ロウリュの生命線である蒸気を殺してしまったのである。

これはフェラーリを買っておきながら、「速いと危ない」という理由でアクセルペダルに木片を挟むようなものだ。あるいは、高級オーケストラを呼んでおいて「近所迷惑だから全員エア演奏でお願いします」と言うのと同じくらい愚かしい。

そんな改造をするくらいなら、新しいサウナストーブなど最初から必要なかった。古いものをそのまま使っていた方が、よほど筋が通っている。

サウナとは熱を楽しむ場所であり、ロウリュとは蒸気を楽しむ文化だ。その心臓部に自ら蓋をしてしまうとは

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