2025.12.28 登録
[ 北海道 ]
2024年の年末、私はGR86を手放す決意をした。速い。曲がる。しかしサウナ帰りには何かが足りない。そこで次に選んだのはオープンカーだ。理由はただ一つ、サウナを120%楽しむためである。
候補はロードスターか718ボクスターだった。しかし最終的に買ったのは、ロードスターを開発した技術者たちにピザを食わせ、水の代わりにオリーブオイルを飲ませ、ドーパミン漬けにして完成させた、やかましいアバルト124スパイダーだった。
札幌から100kmほど走るなら、中山峠を越えた洞爺湖・ニセコ方面が最高だ。そして綺羅乃湯は、その旅の目的地として申し分ない。
内湯は昔ながらの町営温泉。それ以上の評価はない。しかし露天風呂は絶妙な広さと温度、整いスペースまで見事に揃う。そして何よりサウナが素晴らしい。
定員は7人ほど。普通なら息苦しいはずなのに不思議とそうはならない。時折、地元の老人たちが他愛もない話をしている。「人生も終盤戦なのだから今日ぐらい好きに話せばいい」と思いながら耳を傾けるのも悪くない。
テレビではなく流れるのはラジオニセコ。これが実に良い。そしてセルフロウリュは、この施設最大の魅力だ。フェラーリの燃料ポンプのように水をぶちまければ地獄を見る。しかし節度ある一杯なら、熱がゆっくり室内を包み込み、最高のコンディションを作り出してくれる。
水風呂は夏場こそ少しぬるいが、北海道の夏など「あったらしい」程度の存在だ。2人しか入れないのが惜しいが、その後の外気浴は間違いなく一級品である。
唯一の注意点は冬。ニセコブームのおかげで聞いたこともない言語が飛び交う。アメリカ語、オーストラリア語、カナダ語、イギリス語…4カ国語を覚えないと会話できない気分になる。
そして帰り道。屋根を開け、北海道の冷たい風を浴びながら100kmを流す。サウナで整った身体にアバルトの排気音が響く。その瞬間だけは、仕事も時間も忘れられ、真の自由を得ることができる。
サウナー諸君、サウナハットより先にオープンカーを買いたまえ。人生は、少しだけ豊かになる。
[ 北海道 ]
湯屋サーモン
外観だけ見れば、「昭和から時間が止まった銭湯ですね」で終わる。派手なネオンも奇抜な意匠もない。二世代前の、ごく普通の銭湯だ。中へ入っても同じで、無駄がない。必要なものだけが、必要な場所にある。最近の高級温浴施設が装飾を盛るばかりなのに対し、ここにはランドローバー・ディフェンダーのような「風呂とはこういうものだ」という潔さがある。
だが、この施設が本当にすごいのは建物ではない。企業努力だ。
世界経済は、アメリカの金髪の大男が思いつきでハンドルを切ったせいで、高速道路の中央分離帯に突っ込んだ中古車みたいな有様だ。そんな時代に湯屋サーモンは言う。
「500円です。」
「サウナは100円です。」
聞き間違いではない。ワンコインで風呂、百円でサウナ。最近の高級サウナが「これは宿泊費ですか?」という値段を付ける中、この価格はもはや慈善事業である。
湯も良い。柔らかく疲れを溶かし、水風呂は修行と拷問の境界を知っている。露天風呂は40度前後で、熱すぎずぬるすぎず、「あと5分」が30分になる危険な温度だ。
そしてサウナ。見た目は普通だが、30分ごとのロウリュが油断した人間から順に後悔させる。蒸気は「少し暖かい」ではなく、灼熱の機関車が突っ込んでくる熱だ。それでも不快ではない。絶妙に止める。
締めは熱波師のアウフグース。熱波甲子園が何かはよく分からないが、あのタオルには「客を楽しませたい」という情熱がある。だから風呂を出る頃には思うのだ。
「まあ、明日も働くか。」
サウナが疲れを取ったというより、本気で仕事をする人を見るとこちらまで元気になる。いつか誰かに運転を任せて来たい。風呂上がりに冷えたビールを一杯、湯気の残る体で焼き鳥を頬張る。天国に高速道路のサービスエリアがあるなら、きっとこんな場所だ。
[ 北海道 ]
お店の人向けに3行だけまずは書いておこう。
・総合的には満足
・熱波サービスが熱く無い為無駄
・熱波師を呼ぶ意味がない、この程度の中途半端な温度でアウフグースを求めるなら近隣の湯屋・サーモンへ行ったほうがいいだろう、これはサウナーと熱波師への冒涜である。
ではここからは私の個人的な恨みつらみを書いてゆく、では行こう。
熱波サービスなどというものを求める人間は、常識という高速道路を途中で降りてしまった希少生物だ。狭く、暗く、100度近い箱の中へ、自ら進んで入り、汗まみれの大男たちが「もっと熱くしてください」と懇願する。その光景は健康法というより、ローマ時代の拷問に中毒性を加えた新興宗教である。
だが、あの部屋で最も苦しんでいるのは、ベンチに座って悦に浸る客ではない。熱風を送り続ける熱波師だ。
客はただ座っているだけで英雄気取りになれる。しかし熱波師は違う。タオルを一振りするたび、自分自身に灼熱の熱風が容赦なく跳ね返る。まるでジェットエンジンの排気口の前でバレエを踊るようなものだ。巨大なタオルを何十回も振れば肩は悲鳴を上げ、腰は退職届を書き始める。その仕事は扇ぐだけでは終わらない。常連客との会話、浴室の清掃、イベントの準備、そして「次はどんな熱波なら喜んでもらえるか」と頭を悩ませる。毎日、新しいショーを考え続ける。下手なテレビ番組のプロデューサーより創造力を要求される仕事だ。
だからこそ、唯一無二の熱波サービスを提供しようという人間がいるなら、店は最大限協力するのが当然である。普通の施設なら「もっと蒸気を出そう」「もっと迫力を出そう」と考える。今や温浴施設はサウナ戦争の真っ只中だ。110度近いサウナ室、氷河期から切り取ってきたような一桁台の水風呂、巨大オートロウリュ。どこも客を奪い合うために、まるでドイツの自動車メーカーが馬力競争をしていた頃のような狂気を競い合っている。
ところが、手稲温泉ほのかは、その流れに真正面から逆走した。
せっかく新しいサウナストーブを導入したというのに、その直後に「蒸気が出すぎるから」と蓋を載せ、ロウリュの生命線である蒸気を殺してしまったのである。
これはフェラーリを買っておきながら、「速いと危ない」という理由でアクセルペダルに木片を挟むようなものだ。あるいは、高級オーケストラを呼んでおいて「近所迷惑だから全員エア演奏でお願いします」と言うのと同じくらい愚かしい。
そんな改造をするくらいなら、新しいサウナストーブなど最初から必要なかった。古いものをそのまま使っていた方が、よほど筋が通っている。
サウナとは熱を楽しむ場所であり、ロウリュとは蒸気を楽しむ文化だ。その心臓部に自ら蓋をしてしまうとは
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