野口千円

2026.05.15

1回目の訪問

金曜、15時半。
週末を待たずして、俺は戦線を離脱した。
目的は一つ。乱れ始めた自律神経のネジを、熱い蒸気と冷たい水で締め直すこと。向かうは、鶯谷の聖地「萩の湯」。
16時イン。
平日のこの時間、浴室はまだ余裕があるかと思いきや、男たちの楽園はすでに活気づいていた。客層の8割は男性。皆、それぞれの戦いを終えた(あるいは一時休戦した)同志たちだ。
ここは銭湯の枠を超えた「巨塔」。清潔で、どこかアットホームな空気感が、強張った肩の力を抜いてくれる。
さあ、今日の「調律」を始めよう。
サウナ、水風呂、外気浴。これを5セット。
サウナ室のテレビには大相撲。
力士たちのぶつかり合いを眺めながら、自分もまた熱気と向き合う。無心。ただ汗とともに、一週間の澱(よどみ)が流れ出していくのを感じる。
(……これだ。このために、俺は今日、早退したんだ)
セットの合間、炭酸泉で休息を挟む。
シュワシュワとした気泡に包まれ、あまりの心地よさに意識が遠のく。……ハッと気づけば、顎まで湯に浸かっていた。
「……危ない。溺れるところだった」
いい大人が銭湯で溺死。笑えない冗談だ。だが、それほどまでに深くリラックスしていた証拠でもある。
しかし、公衆浴場には時に「ノイズ」も混じる。
水風呂へ、マナーを無視して突然ダイブする輩。
せっかく整いかけた心が、その無粋な光景に一瞬波立つ。
(……やれやれ。いい大人が、何を焦っているんだ。水風呂は、慈しむように浸かるものだろう)
だが、そんなノイズも、ここの「いい湯」が最後には全て洗い流してくれた。
風呂上がりに財布を確認する。
サウナ込みで900円。
千円札一枚で、身体は軽く、心は凪の状態に。100円のお釣りが、どこか誇らしくポケットの中で鳴った。
ごちそうさまでした。
さあ、リセットは完了だ。一足早い週末の夜へ、歩き出そう。

野口千円さんのひだまりの泉 萩の湯のサ活写真
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