ロウリュで勝負せよ。
雨の日の鎌倉出勤には、ひとつだけ良いことがある。御成桑拿のレインデー割引だ。傘を差す億劫さと引き換えに、少しだけ得をする。この街の雨は、そういう帳尻の合わせ方をしてくる。
十一時、少し早いランチタイムに滑り込む。九十分一本勝負。フロントでアンケートに答えながら、もう服を脱ぎはじめている自分がいる。時間と戦う中年は、問診票と脱衣を並行処理するのだ。
ここのシャワーは、日本一勢いがいいと思っている。ほとんど滝行である。水圧だけで肩の荷が剥がれていく。ただ、なかなか温かくならない。仕方がないので、頭の中で熱い湯を浴びているイメージをする。すると本当に汗が出てくるのだから不思議だ。人体は案外、想像力で動いている。
今日の客は、私ともう一人。二階に上がると、川に見立てた水風呂と湯船のあいだに小さな橋が架かっていて、それを渡った先がサ室になっている。町屋の路地をそのまま蒸したような風景。あの広い室内と、そこから眺めるインテリアが、ほぼ独占状態である。谷尻誠の設計、madENGINEが日本で初めて吐き出す過熱水蒸気。左右のストーブから生まれた蒸気が中央で混ざり合う、立体的な熱の空間。八十三度なのに、呼吸が苦しくない。口コミを漁ると、みんな同じことを書いている。しっかり熱いのに息がしやすい、と。設計者の勝利である。
中央の水瓶から柄杓で水をすくい、自分の頭からかぶってみる。ヒューマンロウリュ。肌は冷えるのに、内側の熱は逃げない。数分でまた汗が噴き出す。これはこれで、確かに新しい。
だが、惜しい。ロウリュをして良い設計になっているのに、ストーブへのロウリュは禁止なのだ。ヒットを作ってきたマーケッターとしての私の直感が言う。キーはロウリュだ。鎌倉で唯一の、ロウリュ専門と名乗っていいくらいの武器を、この店はまだ鞘に納めたままでいる。屋上のととのいスペースだって、市街を見渡す特等席なのに、今日はガラガラだ。勿体ない。KPIはアウフグースの回数。それだけで、この場所はきっと変わる。
……と、湯気の中でひとり、頼まれてもいない事業計画を立てている。九十分の客のくせに、経営に口を出す気満々である。これはもう職業病というより、性分なのだろう。千回サウナに通っても、この癖だけは蒸発しなかった。
三セット目、屋上に出ると、雨は細かい霧に変わっていた。火照った体に、天然のスコールが静かに降ってくる。誰もいないウッドデッキで大の字になる。木の匂いが、雨に混ざる。
鎌倉の空は、低くて、白くて、近い。
繁盛してほしい、と思う。この静けさが好きなくせに、そう思ってしまう。矛盾したまま、目を閉じた。
雨の音だけが、体の上に積もっていく。
雨の日は、また来よう。

ペンネーム:湯気文吾(宮崎直哉)さんの御成桑拿のサ活写真
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