ひづめゆ
温浴施設 - 岩手県 紫波郡紫波町
温浴施設 - 岩手県 紫波郡紫波町
紫波町の初雪の日に湯へ向かうなんて、誰かが仕掛けた演出かと疑いたくなる。
役場でシンガポールの客人と町のプロジェクト説明に立ち会い、オガールで余韻を噛みしめるつもりだったが、気づけば足は湯治場のほうを向いていた。
計画どおりに休むほど、人は器用じゃない。
湯へ入る前に green neighbors の新作ハードサイダーを二缶、買ってしまった。
風呂前の一杯は背徳であり、儀式であり、言い訳でもある。
「飲んでから考える」という生き方を許せる年齢になっただけの話だ。
思えば、この風呂に入りにくることが紫波町との最初の接点だった。
草彅洋平くんと濱田織人くんと訪れたあの日のことを、昨日のことのように思い出す。
ここから何かが始まったのだ。
ほどなくして仲間が商店街を歩いてやってきた。
偶然とも言えるし、必然とも言える。
いや、ひづめゆが我々を呼んだのだ、と強がり混じりの宿命論を唱えたくなる。
説明など不要で、「そういう日だ」とうなずくのが大人の流儀だ。
身体を洗い、炭酸泉で下茹でする。
サウナ→水風呂→外気浴。
この三点ルーティンは議論に似ている——熱くなり、冷め、風に当たるとようやく本音が浮かぶ。
外気浴の椅子には初雪が積もっていた。
普段あるホースは冬眠したらしく、自分のタオルで雪を拭いて座る。
サービスが削られると、かえって整うことがある。
人は自分で席を作ったほうが、腹が据わるのだ。
三巡したあとは「酸冷交代浴」。
炭酸泉から水風呂へ——私が勝手に名付けたこの入り方が、いまや施設の語彙として息づいている。
このサウナをデザインした小川翔大くんが、今月紫波を旅立つという。
寂しいけれど、こんな大いなるものを残してくれたことに感謝したい。
そしてこれからも、あの日のやりとりをふと思い出すのだろう。
人は案外、湯と建物ではなく、名前のない瞬間を覚えているものだ。
湯気の向こうではクラフトサケの可能性が語られていた。
そのPodcastのスポンサーになるきっかけまで、湯の中で生まれた。
風呂屋というのは意思決定の場である。
世の会議室の空気が薄いだけだ。
帰り際に Big Apple を買って飲む。
水を一滴も使わないその酒が、妙にありがたかった。
なぜか?
初雪と熱気のあいだで、「余計な水分はいらない」と教わった気がしたのだ。
だから何なんだ、と言われても、こんな瞬間のために人は湯に通うのだろう。
読み込んでますねー。 ありがとうございます^_^
ゆとりシリーズをおすすめします。小説よりもエッセイです。
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