祈りの横にある蒸気─タイ・イサーン地方の薬草サウナで出会った、ととのいの原体験
サウナイキタイアドベントカレンダー 8日目の記事です。
そうだ、サウナを探そう。あてどもなく。
若いころ、僕はバックパッカーだった。
行き先も決めず、不確かな地図を片手に歩きまわり、名も知らぬ町の安宿で夜を迎える旅。その不安を乗り越える道のりこそが、僕にとっての自由だった。
あれから何十年が過ぎ、気がつけば僕も、すっかり中年になった。あのころのように胸が高鳴る瞬間は、もう多くはない。
けれど今年の9月、ふいにそれが戻ってきた。それは長めの休みを取り、あてもない12日間の旅に出たときのこと。航空券の到着地はタイ北部のチェンマイ。観光客には過ごしやすく、多くのサウナだって街じゅうにある。素敵な街だ。
その街の、とあるサウナで蒸されながら、ふと思った。
—— もっとローカルな、地元の薬草サウナに入ってみたい ——
サウナの熱に浮かされたのか、次の日にはもう、僕はチェンマイを発つ鈍行列車に揺られていた。
旅情あふれるタイの汽車旅。3等車はお尻も痛くなるけれど、これぞ旅という気分に。
鉄道からローカルバスに乗り継ぎ、たどり着いたのはナコーン・ラーチャシーマー。チェンマイからはおよそ700km離れた、イサーンと呼ばれるタイ東北地方の玄関口。
この旅は、ここから本格的に動き出した。
さてタイのローカルサウナについては、ガイドブックにもネットにも情報がない。もちろんサウナイキタイにも、ほとんど掲載されていない。
そんななか頼りにしたのは、ローカルとは対照的なデジタルツール群。ChatGPTでタイ語の情報を漁り、Google Mapの翻訳レビューを読み、いくつかの街にサウナがある「らしい」ということだけは分かった。サウナへの移動に使ったのは、シェアライドアプリのBolt。言葉が通じなくても辿り着けるのがありがたい。
不確かさのなか、先へ進んでいく感覚。何があるのか分からない、不安と期待が入り交じる感覚。久しぶりに心が躍る。これこそが求めていた「旅」だと。
タイに根づく薬草サウナ文化
ここでひとつ触れておきたい。タイのサウナは、フィンランドのそれとまったく別の系譜にある。「暖を取る蒸気浴」から発展したフィンランドに対し、タイには古くから「治療と癒やしの蒸気浴」として、薬草サウナに親しんできた歴史がある。
また、この国の仏教寺院は祈りの聖域であると同時に、人々の身体を癒やす空間としても機能してきた。だから今でも多くのサウナが寺院の境内にあり、僧侶や寺男が、薪をくべ蒸気を立ち上らせる光景が残っている。
寺院の壁画。タイ語で「美食三昧がたたり、哀れな死を遂げました」と書いてある。健康の教訓を伝えるのも仏教の役目。
タイには、サウナの源流が確かにあった。今回の旅では、文字どおりその文化を身体で味わうことができた。
前置きが長くなった。ここからは、イサーン各地のサウナを紹介したい。
プルヤイ村薬草サウナセンター@ナコーン・ラーチャシーマー
イサーンの玄関口で最初に見つけたのは、市街地から離れた集落にある、ローカル中のローカルサウナ。観光客はおらず、入場料は50バーツ(約250円)。腰に巻くサロンを借り、トイレで着替える。
プラ椅子だけでなく竹を編んだ台も、ととのいスペース。南国の木陰で寝転がるのは最高の贅沢。
ナイロンカーテンを開けた向こう側には、強い薬草の香りが立ちこめていた。ここまで鮮烈なハーバルスチームに、日本のサウナではめったにお目にかからない。開店直後からこの密度で、1時間もすれば喉へ刺さるほどに濃くなってくる。
やがて、地元のおじさんたちも続々と集まってきた。立ち上がり熱を追う人、ストレッチでさらに汗を流す人、タオルで即席マッサージをする人。サ室には、気ままで伸びやかな空気が満ちていた。
ここに水風呂はない。というより、この旅では水風呂がある施設に一度も出会わなかった。だけれども、手桶で水を浴び木陰で風に当たるだけで、僕はととのっていく。
見上げれば、南国の太陽とプルメリアの影。
—— ああ、こんなサウナのために、ここまで来たのだ。
そう思わせてくれる、最初の1軒だった。
ワット・サーラートーン薬草スチームサウナ@ナコーン・ラーチャシーマー
次に向かったのは、境内にサウナがあるワット・サーラートーン。タオルもサロンも用意されていなかったけれど、売店のおばちゃんが干した水着を貸してくれた。さりげない厚意がありがたい。
裏では薪がくべられ、ビニールカーテンの先は視界の効かない濃い蒸気。香りはやや控えめだが、熱は鋭い。サ室に置かれた腰掛けは、オットマン代わりに足を乗せてもいいし、ベンチに乗せてさらに高みの熱を狙ってもいい。
地元のおじさんたちは、スタンディング勢が大半だった。言葉も文化も違うのに、サウナ好きの考えることは同じだ。思わず笑ってしまう。
スタンダードなタイローカルサウナの後継。サ室→シャワー→休憩エリアの動線は抜群というか、ほぼ一体化。
トタン屋根の下で風を受け、スピーカーから流れるタイ演歌を聞きながらのクールダウン。いつのまにか僕も、ここの常連に混ぜてもらえたような気分になれた。
ワット・パーヨータープラシット薬草スチームサウナ@スリン
ナコーン・ラーチャシーマーから鈍行列車でさらに東へ3時間、象祭りで知られるスリンという町に宿を取った。
朝から開いている薬草サウナが郊外の寺院にあると知り、翌日さっそく訪ねてみた。サロンとタオルはレンタル可。トイレ兼更衣室で着替える。
低い天井に、採光ガラスが埋め込まれたサ室。朝の光に照らされた蒸気の粒子まで見える、幻想的な空間に身を委ねる。穏やかな熱さだが、噴出口の近くに座れば一気に心拍が上がる。みんなその場所を狙っている。サウナにつきものの、ホットスポットを巡る静かな攻防は、この国でも同じだった。
左右で男女のサ室が分かれているが、人が少ないと1室だけになる。巨大な僧侶像を見ながらととのう、この国ならではの不思議な光景。
水がめは日陰に置かれており、シャワーより少し冷たい。これも熱帯の知恵。
池には大きなドクターフィッシュが泳いでいた。ととのいながら足を入れれば、角質をついばんでくれる。こんな外気浴が楽しめるなんて、思ってもみなかった。
ワット・パースカーラーム薬草スチームサウナ@ウボンラチャタニ
イサーンのどん詰まり、タイ東端の都市ウボンラチャタニに着いた。この町でも、寺院併設のサウナを発見できた。ここは入室前に、喜捨箱へ20バーツ(約100円)を納めるしくみになっている。
サ室は狭いが、蒸気はたっぷりと充満している。9人ほど座れるベンチを囲むように、ここでもスタンディング勢が大勢。外気浴をしていると、雨季の涼風が、広い境内を抜けていく。それは想像以上のご褒美となって、僕の肌もかすめてゆく。
この光景だけでととのってしまう。お坊様がくべるハーバルスチームなんて、有り難みも満点。
帰り際に裏手を見ると、釜に火をくべていたのは僧侶だった。なんだか蒸気にさえも、功徳が宿っているように感じた。
スワンナキット薬草スチームハウス@ウボンラチャタニ
週末のみ営業の、集落のど真ん中にある、近所の人しか来ないサウナ。夕方に着いたせいでサ室のなかは暗く、ほとんど視界がない。
体感温度は強烈。しきじを除けば、日本でも滅多に出会えないレベルだ。熱すぎて、床で寝そべる人までいる。これぞ、天衣無縫なタイサウナの真骨頂。
飲む前から気分が上がる。雰囲気だけでなく、ほのかな甘みも豊富なミネラルも、これ以上のサドリはない。
売店にある冷えた椰子の実が目にとまった。思わず買い求め、東屋風の休憩スペースでその果汁をすする。南国ムードいっぱい、カリウムたっぷりのほのかな甘みは、この地にしかない最高のサドリだろう。
心ゆくまで楽しむうちに、気づけば2時間が過ぎていた。あちこちを訪れるたびに、僕はこの土地のサウナへ馴染んできている。
とっぷりと日も暮れた田舎道を、地元のおばさんに心配されながら帰路についた。
ワット・ノーンプラーパーク薬草スチームサウナ@ウボンラチャタニ
この日が、イサーン滞在の最終日になる。最後のサ活は、見つけてはみたものの、写真もレビューも乏しい寺院サウナに決めた。結果的にここが、今回訪れたなかでもっともローカル、かつもっとも熱いサウナとなった。
寺院の中にふさわしく、老師のような像がサ室の前に。御供えの葉っぱはサウナ用のハーブ。
こちらには売店に加え、夕方からは軽食を出す食堂が並び、隣にはマッサージ店まである。まさに、おじさんやおばさんたちの憩いの場だ。
サ室は窓が小さく、昼間なのに薄暗い。目が慣れないうちは、人にぶつかるほどだ。室温は抜群で、床に座り込むスタイルの人ばかりになるほど、猛烈に熱い。
水がめは着替えスペース兼用の個室内。ここではとうとうシャワーもなくなった。裏手の休憩スペースに腰を下ろし、ゆっくり目を閉じる。境内で遊ぶ子どもの声だけが、風に乗って届く。時だけが過ぎていく。
こうして、イサーンを巡る僕のサ旅は終わった。
この日の夜行列車で、首都バンコクへ向かう。ベッドに寝転びながら、濃密な蒸気に包まれた数日間を思い返す。そしてそのまま、僕はととのうような眠りについた。
最後に
イサーンの薬草サウナは「ととのう」ための特別な場所ではなく、人々の日常のなかにある空間だった。祈りと雑談が同じ空気を共有し、火と水と薬草だけで身体がほどけていく。
寺院は宗教施設でありながら、いまも身体と心を休める場所として機能している。僧侶が薪をくべる光景は、サウナが医療や癒やしの行為でもあることを物語っていた。
あるいは集落の真ん中にもサウナがあり、あるいは週末にだけ開くサウナもあった。サウナは人々をつなぐ場所としても、暮らしに寄り添うかのように存在していた。
この旅が無事に終わったのも、仏様のお導きか。素敵なサウナへも導いてもらえた。
設備も清潔さの基準も日本とは違うし、水風呂はもちろんのこと、シャワーすらない施設もあった。それでも桶の水を浴び、木陰で力が抜ける瞬間は、まぎれもなく「ととのい」だった。
いっぽう、遠く離れた南国にも、日本と変わらない光景がある。蒸気のもとへ集まり、ただ汗を流し、穏やかにひとときを過ごす姿。
人が立ち止まり、呼吸を取り戻すための場所。
どこのどんなサウナであっても、その本質に変わりはないのかもしれない。それはまるで、人の営みそのもののように。
この旅を思い返すとき、真っ先に瞼へ浮かぶのは、好きなようにサウナを楽しむ人々の姿だった。気ままに探し歩き蒸されるうちに、いつしか僕も、彼らと同じように、そこにあるサウナをありのままに味わうことができた。 自由であること。その感覚こそ、僕が忘れかけていたものだった。
自由に楽しめ。サウナを、旅を、そして人生を。
イサーンで出会った数々のサウナは、そんなメッセージを、蒸気の向こうからそっと僕へ投げかけてきたようにも思えた。
Special thanks to
いせっち🚹️我要全部 さん
「そうか、海外旅行が好きなら、海外へサ旅すればいいじゃん!」と気づかせてくれた存在です。「Google Mapで『อบสมุนไพร』と検索すればタイの伝統的な薬草サウナがひっかかる」「普通のサウナだと『ซาวน่า』で出てくる」など、有益なアドバイスにも助けられました。
カチュネバ! さん
イサーン地方をはじめとした旅情たっぷりのサ活レポは、今回タイを選んだ動機のひとつになっています。地方サウナの詳しいレポのおかげで「行けばサウナはあるに違いない」と心強くなり、各地を回る励みになりました。
お二人へは、この場を借りて感謝をお伝えさせてください。また、このような機会をいただいた、サウナイキタイ編集部にもお礼申し上げます。ありがとうございました!
記事を書いた人
好きなサウナ: 外気浴と天然水Lover。ガチアツわりといけるくち。アウフグースも好き、オートロウリュも良き。丁寧に維持されたオールド・サウナに落ち着く心。 コスモプラザ赤羽/ロスコ/カプセルイン大塚/サンフラワー/かが浴場/サウナセンター/オリエンタル2
プロフィール: '21/11にサ活はじめました。 友人にすすめられ、ふらりと訪れた初サ活の3セットでととのいに至ってしまいました。今ではハット、マット常備。ストレス解消、肩こり軽減、睡眠改善といいことづくめ。今日をリセット、明日も快調。 サウナは大切なルーティーン。
とても面白かったです。旅したくなりました。
これを観て誰かが行ってサ活数が1→2に増える事が楽しみですね🌲
モモンガさん、サワディーカップ🙏 こちらこそありがとうございました🙏 私の心のふるさとイサーンのローイエット(101)にちなんで、101ギフトントゥさせてください! モモンガさんのイサーンサ旅の記事を読んで、タイの薬草文化やローカルサウナに関心を持ってくれる人が増えたら私も嬉しいです!
貴重なタイのローカルサウナ情報有難うございました😚サウナ好きの思考が我々日本人と同じ感覚なのも面白かったです👍タイだけにバンコク(万国)共通といったところでしょうか😅
スゴイ。とても貴重な体験談をありがとうございました。「地元のおじさんたちは、スタンディング勢が大半だった。」というくだりにクスりとなり、こういう所に目をつけられる観察力に、サスガと思いました😆やっぱりサウナって楽しいですね〜。
サウナイキタイ🤤 来年のサ旅はタイにします😊
年末タイに行きます!前情報ゼロで飛び込む予定でしたが勉強になりました☺
なかなか行きづらいタイの都市部じゃないエリアの貴重なサウナ情報面白かったです!
はじめまして😊 コメント失礼します。 私も元バックパッカー・現中年でして、タイを含め海外を放浪していた頃に日々あとた「今を生き抜いている実感‼️」みたいなのもここ最近薄れてしまってましたが、モモンガさんの投稿を拝読し、人は幾つにになっても旅人に戻れる事を知り、とても勇気づけられ、私もいつかまた旅をしようと思いました🙌 素敵なタイ・サ旅のお話、ご馳走様でした〜👍👍
サワディーカップ!タイでサウナったことないんですが、お隣だからかラオスもよく似たような感じのハーバルサウナでした。もっくもくで何も見えないレベルの蒸気とか、牛乳とかタマリンドとか何に効くかよくわかんないけど肌に塗りたくってパックするのとか、楽しかったです〜。タイも挑戦してみたいです。久々にチェンマイ行きたくなりました🙏
サウイキ2025年、顔の一人になりましたね。 おめでとうございます🎉
異国の風を感じました。
☺️