サウナーおじさん達の間に芽生えた謎の連帯感

サウナイキタイアドベントカレンダー 15日目の記事です。


埼玉県さいたま市。名物はないが、なんか程良い街さいたま。

市の北部に位置する、地元民がこぞって集まる人気スパ施設「美楽温泉 SPA-HERBS」。解放感ある建物の中には、源泉洞窟風呂、5種類もの岩盤浴、フィットネスなど他所にはない個性的な施設がいくつもあり、1,000円台という格安の入館料で一日中楽しむことができる。そして、併設のレストランで提供されるサウナ飯が爆裂に美味しい。

ここSPA-HERBSが私のホームサウナであり、慌ただしい日常生活におけるセーブポイントのような存在である。

美楽温泉 SPA-HERBS

温浴施設 - 埼玉県 さいたま市

男

• 88 ℃
• 15.1 ℃
• 
• 

女

• 90 ℃
• 14.9 ℃
• 
• 

月に一度、趣味で始めたテニスの力試しで試合に出場し疲れた身体を癒すべく、ここSPA-HERBSへ赴くのが私のルーティン。

年の瀬のある日、いつものようにSPA-HERBSへ向かう。この日は混雑していた。一年の労をねぎらう人達で賑わい、来館者の火照った身体の温もりと年末特有のそわそわした雰囲気が合わさり、館内を優しく包み込んでいるようだった。

いつものように受付を済ませ、男湯の暖簾をくぐり、脱衣所でテニスウェアを脱ぎ、身を清め、ジェットバスで身体をほぐし、お気に入りのサウナハットを被り、いざサウナ室の扉を開ける。

しかしこの日だけは、サウナ室の様子がいつもとは明らかに違っていた。

鎖でぐるぐる巻きにされた変態親父を、サウナー達が無表情で眺めている───

誤解を招くとよろしくないので先に説明をしておくと、サウナ室で変態騒ぎが起きていたわけではない。変態騒ぎをわざわざこの場で発表するなんて野暮なことはしない。変態騒ぎでは、ない。

何が起きていたかというと、先客のサウナーおじさん達の視線の先のテレビ番組で、お笑いコンビ「空気階段」の鈴木もぐらが、空気階段の名作コント「火事」のシチュエーションを思わせるパンツ一丁の状態で、身体を鎖と南京錠でぐるぐる巻きにされている。拘束されたちょび髭で小太りのパン一変態親父を、サウナーおじさん達がただ無表情で眺めている。

なんだこの空間は───

私はこの緊迫した空間に戦々恐々としながらも着座した。テレビの方に目をやると、どうやらこんなテレビ番組の企画だということがわかった。

・年末のお笑い特番である

・漫才やコントではなく、芸人の隠し芸披露のような趣旨の番組である

・鎖と複数の南京錠でぐるぐる巻きにされたパンツ一丁のもぐらが、不自由となった身体の手足口を駆使して制限時間内に南京錠の鍵を解く脱出イリュージョンである(なにそれ)

・なぜもぐらがパンツ一丁なのかは不明

・脱出に失敗すると、もぐらが爆破される

もぐらが、爆破される───

もぐらが爆破されるという強めのワードに、少しときめいてしまう自分がいる。

意味がわからないが面白そうな番組をサウナ室で観られてラッキーだ。きっと先客のサウナー達も多少なりともこの脱出イリュージョンを楽しみにしているのではなかろうか、と、そんな呑気な事を考えていた。この先に待ち受けるのが地獄の死闘であることも知らずに。

変態の脱出イリュージョンがスタートした。

変態は鎖の巻かれていない頭、僅かに動かせる掌、足の指を器用に駆使し、小太りな身体からは想像できないくらい、数ある南京錠をひとつずつ快調に外していく。しかし、変態を拘束する鎖は何重にもぐるぐる巻にされており、ひとつの南京錠を外したところですぐに進捗が見られるような、甘っちょろい企画ではないようだ。

※イメージ

ふとサウナ室内を見渡してみる。大多数のサウナーおじさんがテレビの中のもぞもぞ動く変態に視線を注いでいる。変態の行く末が気になるサウナーは私だけではなさそうである。

変態がまた幾つかの南京錠を外した頃、私は自分の中の気持ちが変わり始めていることに気が付く。「変態の行く末が気になる」から「最期まで見届けたい」になっているではないか。テレビの向こうで独り闘う変態に、心を奪われてしまっていた。

この瞬間、私は意地でも変態の最期を見届けてやろうじゃないかと誓ったのだ。「恋」が「愛」に変わる瞬間というのは、きっとこういうことなのだろう。知らんけど。

ここでCMが挟まる。

緊迫した変態イリュージョンから打って変わって、ゴキゲンなCMが流れ始める。それにしてもCMの尺が長い。やけに長い。灼熱のサウナ室で変態イリュージョンを見守っている状況を加味しても、長い。長すぎる。時間の牢獄に囚われてしまったのか。少しでも気を抜いてしまうと、灼熱の海原に飲み込まれそうになる。埼玉に海ないけど。

スポンサー企業もまさかこんな企画の合間にCMを挟まれるとは思ってもみなかったのではないか。社運を賭けた商品・サービスが、変態イリュージョンに取り込まれてしまっているではないか。

CMが、長すぎる───

この永遠にも感じられるCMの最中、再びサウナ室内を見渡してみる。私の後に入室する人は何人かいたが、なんと退室する人がいないのだ。テレビ画面から目を逸らし集中する人。深呼吸をする人。歯を食いしばり耐える人。サウナ室にいる大勢の人が、変態イリュージョンの行く末が気になって仕方がないのだ。

ここで更に気が付いてしまった。もしやたまたまここに居合わせた我々は「脱出できない」「ほぼ全裸」「おじさん」というもぐらとの共通項を見出し、もぐらも我々も他人事とは思えない何かを感じ取ってしまい、サウナー間で連帯感のようなものを抱き始めてしまったのではないか？

（皆でもぐらを応援してやろうじゃないか）

（爆破されるなんて、あんまりだ）

（最期は我々ももぐらも一緒だ）

（夢、見させてもらおうじゃねえか）

そんな熱い想いが、お互い目を合わさずとも、私語厳禁のサウナ室内で共有され始めているのに気が付いてしまった。

サウナーおじさん達の間に、謎の連帯感が芽生え始めている───

SPA-HERBS名物のアロマロウリュがクラウドと化し、もぐらの勇姿を皆で見届けようという想いが、サウナーの間で共有され始めている。

耐え忍んでいるのだ。もぐらも我々も。同じような境遇の変態に勝手に勇気をもらっているだけかもしれない。想いが共有されているなんて、自分のただの思い込みかもしれない。それでも、あいつの事がほっとけないのだ。

さあ、この1年間ストレス社会に抗い、今日まで生き抜いてきた我々「チームもぐら」の大一番である。漢と漢の真剣勝負だ。

命短し恋せよ漢───

CMが明ける。残り1分。既に我々の体力も限界に近い。足元にしたたる汗のリズムのBPMも上がってきた。

他のサウナー達の表情もきつそうだ。声にならない悲鳴が聞こえる。水風呂が恋しいか？オロポをグビっといきたいか？外界の誘惑が脳裏をかすめる。

しかしもぐらも頑張っている。今一番辛いのは、間違いなくもぐらである。なんせ爆破だ。失敗したら木っ端微塵だ。もうもぐらに会えないかもしれない。この闘いが終わったら単独ライブにだって行ってみたい。だからもぐらを諦めない。もぐらが命を張っているのを見届けないこと、それ即ち男としての覚悟を裏切る行為なのだ。

残り10秒。
最後の錠に手が伸びる。

残り5秒。
錠に鍵がかかる。

残り3秒。
サウナ室を渦巻いていた意地や連帯感は、姿形を変え、やがて祈りとなった。

そして残り1秒。
奇跡が起きた。

最後の南京錠の鍵が、開く。タイマーが1秒を残し、止まる。もぐらの身体が露わになる。歓声が聞こえる。祈りが届いた。俺たちのもぐらが、勝った。変態イリュージョンの成功である。

その瞬間！！！

一斉に立ち上がるサウナー達！まるでスタンディングオベーションでもするかの如く、一斉に立ち上がる！そして出る！出る！6人、7人、我先にと退室！

汗を流す！バシャバシャ流す！風呂桶をチームもぐらで渡し合う！まさにバケツリレー！水風呂に入る！次々と入る！水風呂に列をなすチームもぐら！水風呂が気持ちいい！16度の温度設計がちょうどいい！皆いい表情だ！達成感を噛み締めている！

もぐらがやってのけた！爆発しないでよかった！ただそれが嬉しい！皆で喜びを分かち合いたい！でも我々の間に言葉はいらない。わかっているから。

ありがとう、もぐら───

その後、ふんだんに用意された休憩スペースのサウナチェアで、私は12月の寒空の下、外気浴を楽しんだ。このまま目を瞑ってととのってしまってもよかったが、なんとなくもったいない気がして、空を仰いでみることにした。

澄んだ夜空にはいくつもの星が瞬き、それらをひとつひとつ星座のように繋ぎ合わせると、満面の笑みのもぐらの顔が、まるで「スター・ウォーズ　エピソード6」に登場するオビ＝ワンの霊体のように浮かび上がり、さらさらと消えていったように見えた。

そして私は瞼を閉じ、もぐらとサウナ室の同胞に想いを馳せ、しばしととのいの世界に旅立つのであった。

※サウナは決して無理をせず、自分に合った入浴時間を楽しみましょう。